子猫の愛で方

18×14・過去捏造・外伝と設定が違います

 

「お前は可愛いなあ」とシンドバッドが言った。

膝の上にちょこんと座っていたジャーファルは、読んでいた巻物から顔を上げて、「あなたがいうなら、わたし、かわいい」とそう言った。シンドバッドはその言葉に破顔する。破顔して、軽く唇を吸った。

「お前の唇はやわらかい」

そう囁き、今度は酒を飲んだ。酒が咽元を通り過ぎて胃に落ちると、うっとりしたため息を吐き出し、またジャーファルの唇に吸いついた。ジャーファルはおとなしく座ったまま、シンドバッドを見上げ続け、酒の合間に唇に吸いつくシンドバッドが、やりやすいように顔を上げたまま、吸いやすい角度に首を傾けた。

「ほら、可愛い」

蕩けそうな笑顔でシンドバッドが笑えば、反対側に首を傾げて「そうなんですか」と問いかける。

「俺の言うことに間違いはない」

「嘘。だって、シン、時々いい加減なこと言う」

「さっきは、俺が言うなら、と納得したろう」

「言った後で、やっぱり違うな、と思いました」

「思ったのか」

「はい」

「そうかそうか。でも、お前は可愛い」

肉が付き、丸みを帯びてきた幼い頬を甘噛みする。びくっと体を揺らしただけで、やはりジャーファルはおとなしい。シンドバッドがするように任せている。

口づけしながらシンドバッドは、ジャーファルの服の中に手を忍ばせて、ふっくらした腹を撫でた。性的な意図はなく、ただ触り心地が良いからつい触ってしまうのだった。子供特有のさらさらとした肌は気持良く何時間触り続けても飽きない。けれど、あまりに長く触りすぎるとさすがに不機嫌そうに眉を寄せる。その不機嫌そうな顔もまたシンドバッドには愛らしく映るのだが、数時間口を利いてくれなくなるから、眉間にしわが出来ると手を引っ込めることにしている。

「シンは、かっこいいですよ」

眉間のしわを解いたジャーファルは、ちいさく安堵の息を吐き出した後、そう真顔で言った。本気だ。もちろん、シンドバッドの可愛いという言葉も真実ではあるが、何せ重みが違う。この世の真実を、大事に、大切に、心を込めて伝えねばならないとばかりの大真面目な顔で呟くのだから、胸のところをぎゅうっと締めつけられるのも道理。可愛いという言葉を吐き出すより先に、唇を吸った。

果たして、ジャーファルが、この唇を吸うという行為をどう捉えているのかは知らない。少なくともシンドバッドは性的な意図はないつもりでいる。この拾った子供は、もうすぐ十五になるかならないかの歳で、年齢の割に体がちいさく、十一、十二の子供であると言われれば、誰もが信じることだろう。それでも、多少体重は増えたし、口数も増えた。最近は憎まれ口を叩くようになって、まったく将来の舌戦がいまから楽しみでたまらない。打てば響くような回答は、頭の回転が速いことを思わせるには十分だ。頭も良く、愛らしいとくれば、将来がどれほど楽しみなことか。なにからなにまで愛らしく、それはこれから先も揺らぐことがない、そう信じられた。いまはただこの可愛い子供を見守り、育てたかった。だから、腹を触ろうとも、唇を吸おうとも性的な意識はどこにもない。

シンドバッドが、この子供を可愛い、可愛いと思うとようになったのは、ごく最近のことだった。拾ったばかりの子供は、痩せぎすで、体中に傷があり、治りきっていない擦り傷も無数にあり、警戒心も露わで、懐かない子猫のようだった。それでも、元の生活に戻るのは嫌なようで、心を許す様子は見せずとも、おとなしくシンドバッドの後を着いてきた。

拾った理由は、哀れで可哀想だったからだ。飯を食わせ、暖かい寝台で眠らせ、清潔な衣服に着替えさせること。それらを与えてやれるから拾った。成長し、生活能力が身につけば、望むまま自由に好きなところへ行けばいい、したいことをすればいい、とそう思っていた。別れは寂しいものであろうが、それもまた仕方ないと考えていたのに、それなのに、いまでは手放すことなど到底考えられない。

最初は気づかなかったのだ。酒を飲み、脱ぎ散らかした服が、翌朝きちんと畳まれていることに。寝台の横の机に、いつでも水が飲めるようにと水差しが用意されていることに。気づいたきっかけは、破れていたはずの袖が繕われていたことだ。糸はジグザグで決して綺麗に繕えているとは言えなかった。一体誰が、その疑問はすぐに解けた。ちいさな指先に巻かれた布は真新しいもので、シンドバッドがそれを見つけるとすぐに手を引っ込めた。そういうことが幾度もあった。おそらく気づいていないこともあるだろう。つまりはそういうことだ。

じっとジャーファルの顔を見る。真っ黒い、丸い目がシンドバッドを見つめ返す。なにを考えているのだろうなあ、シンドバッドは考える。その丸い頭の中で、幼い体躯で、自分になにが出来るのか、自分がシンドバッドに出来ることはなにか、そればかりを考えているに違いない。それを思うと、何故だか泣きたくなった。この子供が愛おしくてたまらなくなる。髪を撫で、それからまた唇を吸う。どこか気持ちよさそうにうっとりと笑うジャーファルは、まだ幼い。可愛がられるばかりの子猫のようだ。

予感があった。それはただの予感でしかなく、けれども確実に起こり得る未来だと思った。いずれ、これの身も心もすべて自分のものにしなければ気が済まないのだろうな、と。

memo
2012.0916 / 子猫の愛で方
酒の肴は子ジャたんの唇。