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シン子ジャ

細かいことは考えずに読んで欲しいやつ。王様×子ジャ。割と手を出している

 

 

「シンドバッド王よ、この度は拝謁の機会を頂き……」

深く頭を垂れ、口上を紡ぐのは幼い子供だ。白い髪に懐かしい衣、それから今も変わらない腕に巻きついた赤い紐。椅子に背を預けながらまじまじとそれらを眺めたあと、シンドバッドは口を開いた。

「堅苦しい」

「……、ですが」

「いいから。お前と俺の仲だろう」

にこやかに告げられたシンドバッドの言葉にたっぷり考え込んだあと、ジャーファルはおそるおそる立ち上がった。立ち上がったジャーファルの頭のてっぺんから足の先まで再度眺め、シンドバッドは微笑む。目の前に存在するのは懐かしい姿だ。当時もちいさいと思っていたが、こうして見ると記憶の中のジャーファルより幼くちいさい。あの頃はシンドバッドもまだ幼くいまより背も低かった。

「私がにせものではないという確証は?」

眉を顰めたジャーファルが問いかける。

「王となったシンドバッドを油断させようと、右腕を装い、寝首を掻こうとしている可能性を考えるべきです」

「ふはっ、寝首を掻こうという奴がそんなことを言うものか!」

心底おかしそうにシンドバッドが笑い、ジャーファルは眉間の皺を深くさせた。

「……あなたの中にあるジャーファルの情報を魔法で読み取り、言動をそのものとすることで隙を狙っているのかもしれません」

「それでもいいぞ、楽しいからな」

「楽しければ命を狙われていてもいいと?」

「まあ、そういうことになるな」

ジャーファルの表情は怒りが混じったものへと変化していく。怒鳴りつけるのを堪えていくのだろうなあ、と表情の変化を楽しみながらシンドバッドは思う。幼くても、成長してもジャーファルは変わらない。

「安心しろ、ジャーファル。俺は、お前を間違えたりしない。お前が俺を間違えたりしないように」

そう言われると、今度は困惑が混じったような顔になり、やがて喜びが唇の端にうっすらと浮かんだ。

「んんっ、ですが、過去の私たちが目の前に現れたという現象に対して、もうすこし物事を考えるべきです」

「そうだなあ、魔法か、それともジンのいたずらか。興味深い事態ではあるが、今は目の前のお前に興味がある」

「……好奇心で痛い目を見たことは?」

「大いにある。それでも好奇心を抑えることはできない。知っているだろう?」

深くため息を吐き出したあと、ジャーファルは呟く。

「……知っています」

その顔には怒りはなく、仕方ないですねと言いたげな、見慣れた表情になった。

「おいで」

シンドバッドは手のひらを伸ばす。その手をしばし見つめたあと、ジャーファルはシンドバッドの側まで近づき、おそるおそる手のひらの上へ手を乗せた。ちいさな手を握りしめ、強く引く。

「……っ、わ、私、子供では」

膝の上に乗せたジャーファルの腰を両腕で抱き止め、笑ってみせる。

「いいじゃないか。俺がこうしたいんだ」

「シンは、私の知っているシンは、こういうことはしません……」

「してやれば喜ぶかもしれんぞ」

「それは……そうしたかったってことですか?」

落ち着きの悪そうなジャーファルの頬を撫でる。ふっくらした頬の感触は指に心地よかった。

「どうだろうなあ。あの頃はまだお前のことを弟のように思っていたからな」

「私は部下です。あなたの仲間になった時から」

「もちろん部下だとも思っていたが、それだけではなくもっと近しかったろう。……俺だけがそう思っていたのだとしたら切ないぞ」

「……そんなことは」

「なら良かった」

鼻を頬に寄せて、擦りつけ、匂いを嗅ぐ。相変わらず匂いはしない。

「いまは、もっと近しいように感じるのですが……。これは、その、部下との距離とは思えません」

「ジャーファルは頭が良いなあ。そうなんだ、王と部下だけの関係ではないのだ。どう思う?嫌か?」

「わ、わかりません。ただ顔が、近すぎます……!」

ぎゅうっと目を瞑り、顔を背ける様が愛おしかった。

「俺の顔は嫌いか?」

「いいえ、そうでは……」

「じゃあ好きか?」

指先で唇をちょいちょいと撫で、答えてくれ、と囁く。

「……すき、です」

答えに満足して、頬に口づける。

「ジャーファル、今のジャーファルに会ったろう。どうだった」

「……もうすこし男らしい顔になるかと」

「ははっ、それは黙っておけよ。あれは自分の女顔を気にしているんだ」

「シンはさらに男前になったから笑えるんです。でも、顔なんてどうでもいい。シンのために働けているなら」

「ああ、ずっと俺のために働いてくれているよ。おそらくこれからもずっと。……嬉しいか?」

「……嬉しい」

心から安堵したように微笑むジャーファルが無性に可愛らしくて、シンドバッドはゆっくりと唇を寄せる。記憶よりずっとちいさな唇をついばみ、唇を押しつけた。腕の中の体が驚いたように跳ねた。宥めるように背をさすり、口づけを繰り返す。ジャーファルは何が起こっているのかわからない様子でただ為すがままになっている。

「いっそのこと丸呑みしてしまいたいよ」

真っ黒な目は丸く見開かれ、涙で潤んでいる。白い頬は真っ赤で、唇は荒く呼吸を繰り返す。何か言葉を紡ごうとして開いた唇は、結局何も言えずに閉じた。

「……逃げてくれないと、困るな」

腰帯を緩め、解く。服の隙間から手を差し入れて肌を撫でた。毎夜の如く触れ合っている肌とはすこし違う。その感触の違いを楽しみながら手のひらを滑らせる。時折指先は傷跡に触れた。出会っていない時にできた傷跡に触れるたび、じわりと独占欲が疼く。許せないな、シンドバッドは思う。俺のジャーファルに、俺の知らない傷をつけた、そう思うたびに子供のような独占欲が湧いてきて呼吸が詰まる。その思いを消し去るように口づけを繰り返すのはいつものことだ。いつもなら返ってくる唇がないのはさびしかった。

「ッ、……はあ、シン……、わたし、どうすれば」

「何もしなくていい。怖かったら逃げろ」

「あなたから逃げる方法を、知らない」

「そうか。ならこのまま俺に身を委ねていればいい」

「はい……」

素直すぎて心配になる。唇の合間から舌を入れ、ちいさくて幼い舌を絡め取る。

「ん、ん……」

ジャーファルの手がシンドバッドの服を掴む。その仕草に喜びが弾けて、歯止めが効かなくなりそうだった。あの頃のジャーファルを前にして、可愛いなあ、ちいさいなあ、すこしからかってみたいなあ、と思っていただけの心が欲望に負けてしまう。だが、この腕の中にすっぽりと収まってしまう体のどこにシンドバッドを受け入れる余裕があるものか。わかっている、最後まではしない。けれどやめることもできない。

「何やってんだ、あんたッ!」

大きな音を立てて扉が開き、すぐさま怒声が飛んできた。聞き慣れた声に安堵する。

「一体私に何をしてるんですか!」

ずかずかと歩み寄ってきたジャーファルが、幼いジャーファルを抱え上げる。幼いジャーファルの体からは力が抜けて、おとなしく抱きかかえられている。

「……ちょっとした悪戯を」

「ちょっとした?これが?ちょっとした?」

「すまない、本当に出来心なんだ。最後までするつもりはなかった」

「当たり前です!」

「あまりにも可愛いものだから、つい……」

「可愛いからって子供にも手を出すんですか、あんたは」

「違う!幼いジャーファルが本当に可愛くて、だから」

「……へえ、幼い私は可愛いんですか」

不機嫌さに別の不機嫌さが混じってきたのを感じ取り、シンドバッドは首を捻る。

「毎夜毎夜可愛い可愛いって馬鹿みたいに繰り返してますけど、結局、いつの私にもそうやって言っているんですね!」

ふん、とそっぽを向いたジャーファルが何を口走ったのか理解するのは早かった。硬直し、ゆっくりとシンドバッドへの視線を向ける。

「……すまん、表情を作るべきだとは思っているんだが」

自然と持ち上がってしまう口角を手のひらで覆い隠すようにしているが、笑みが隠しきれていない。

「わ、忘れろ!いますぐ!そのニヤケ顔もやめろ!」

「いやいや、自分に嫉妬するジャーファルくんを忘れられるわけがないだろう。顔も元に戻らん」

「…………ッ!」

「今のお前も、幼いジャーファルも同じように可愛いと思っているよ、ジャーファル」

「もう知りません!」

踵を返して扉へ向かうジャーファルの背にシンドバッドが言葉を投げる。

「ジャーファル、あとでな!」

まだ夢見心地な顔をした幼いジャーファルは、ジャーファルの肩に顎を乗せ、ぽやっとした風情でシンドバッドを見ていた。ひらひらと手を振ると、ちいさな手を振り返した。やはり愛らしいと頰が緩む。

 

 

 

幼いジャーファルを抱きかかえたまま、ジャーファルはひたすらに足を進める。横目で覗き見れば、その頰は赤い。

「……まったく、あの人ったら」

苛だたしい口調ではあるが、怒っているようには見えなかった。もしかしたら普段の私もそうなのだろうか、と考えて幼いジャーファルは眉を顰めた。こんな様子では、笑って受け流されてしまうのも仕方ないことじゃないか。

「怒るならもっときちんと怒った方がいいんじゃないですか」

「怒っていますよ!それでも全然聞きやしないんです。そのうちあなたにもわかりますよ」

「…………」

未来の自分が言うのだ、そのうち笑って受け流されることに納得してしまうのかもしれない。だがそんなことでシンの右腕になれるものなのか。

「……別に、まったく言うことを聞かないわけじゃないんですよ。反省だってしますし、謝ることもあります。あの人はこういうやり取りを好んでいるんです」

「ふぅん、今のシンもそうなのかな」

「それはあなたのシンに聞いてみなくてはわかりませんが、きっと好きですよ。色々なものが変わりましたが、そういうところは全然変わっていない」

ジャーファルの声がやわらかく響く。私はここまでわかりやすくはないな、と幼いジャーファルは願う。こんな甘ったれた声でシンのことを話すなんて、好意がダダ漏れでさすがに恥ずかしい。

「あなたのシンは、一通り街を見て満足したようですよ。いつ元の時代に戻れるかはわかりませんが、今はお腹を空かせて私の部屋であなたを待っています」

「……では、部屋の前で降ろしてください」

「わかっていますよ、こんな姿を見られたらいつまでからかわれることだか」

ふふっ、と楽しげにジャーファルは笑う。

「ところで」

幼いジャーファルが口を開いた。

「あとで、なにかあるんですか」

「あなたはまだ知らなくていいことです!」

まだということはそのうち知ることになるのか、と幼いジャーファルは思った。

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