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若シン子ジャ

酔っ払うとこじゃちゃんを吸う若シン様の話

 

 

「どうしてふたりきりの時は吸わないのですか?」

葡萄酒をうっとりと味わっていたシンドバッドは、最初、その言葉を聞き逃した。ジャーファルが何か問いかけてきたことだけは理解したから、視線を向ければ、真面目な顔をしてこちらを見つめる黒い目とかち合った。

「ん?お前も呑みたいのか」

「いいえ。私に酒は早いです。私が聞いたのは、どうしてふたりきりの時は私のことを吸わないのか、ってことです」

「……うん?ううん?吸う、とは」

「だから、いつも酔うと私を吸うじゃないですか!」

「吸う……?」

「頰とか額とか鼻とか、それに首筋、二の腕!皮膚のやわらかいところには跡が残るんですよ!」

シンドバッドはぼんやりと考える。吸う、果たして俺はジャーファルを吸っていたか。やがて思考がひとつの答えへとたどり着く。

「吸っているんじゃない。口づけしているんだ。日頃の感謝を込めて、おでこだとかほっぺただとか、そういうところにだな」

「いいえ、あれは口づけではありません。あなたは吸っていますし、私は吸われています」

「そうかなあ。いつも俺のためにと頑張ってくれるジャーファルくんは偉いなあ、ありがたいなあと軽くチュッと」

「軽く?やめろと言っても止めずに、顔中に唇を押しつけて、時には吸うことを軽く、と言いますか」

「思い違いじゃないか?その証拠にルルムもヒナホホもヴィッテルも、誰も止めない」

「そりゃなんか微笑ましいと見ているからです!まったく誰も彼もにこにこして、私が暴れても助けてくれないんですから!」

頰を膨らませて怒るジャーファルは小動物のようだ。酔っ払ったシンドバッドに捕まり、顔中に口づけを贈られている間もやはり小動物のように怒っているのだろう。そりゃ誰も止めない。そもそも本気で抜け出そうと思えば、すぐに逃げられるはずなのだ。なにせ元暗殺者。身のこなしは素早い。そして、そんなことは誰もが知っている。

「本気で嫌がってないからだろう」

「……気分良く呑んでいるあなた相手に本気を出すのは大人気ないと思っているからです」

「そうか、そうか」

「なんですか、ニヤニヤして!」

「ジャーファルは本当に俺のことが大好きなんだなあと思って、嬉しくなっているところだ」

おかげで酒も美味い。杯を呑み干して、新しく注ぐ。

「それで、なんだったか、ええと……吸われたいのか?」

「違います!どうしてふたりきりの時は吸わないのかと聞いたんです」

「やっぱり吸われたいんじゃないのか」

「違いますったら!」

「お前がどうしてもというならやぶさかではないが……」

「だから、吸われたいのではなくて!……酔っ払いのすることなんて気にしていたらキリがないのはわかっていますが、いつもは吸うのに、ふたりきりの時だと吸わないなんておかしい」

「…………」

言われてみればその通りである。実際のところ、今もジャーファルのことを吸いたい。シンドバッド自身はあくまでも親愛の口づけを贈りたいと思っている訳だが、ジャーファルが言って譲らないからあえて思う。

ジャーファルを吸いたい。

白くてやわらかくてすべすべした頰に唇をくっつけて、あわよくばスゥと吸ってみたい。つるつるした額にも唇を押しつけたかったし、鼻先を甘噛みしてもみたい。そばかすのひとつひとつを舌先で数えてもみたい。そうしてみてもぎゃあぎゃあと喚きはするが、決してシンドバッドから距離を取ることはないのだ。そんな仕草に心をくすぐられない人間がいるだろうか。いや、いない。つまりは俺がジャーファルを吸いたいと思うのは至極当たり前のことだ、とシンドバッドは結論づけた。

酔う度にジャーファルを吸う理由は明確になった。次は何故ふたりきりの時は吸わないのかという問題だ。

確かに今、シンドバッドとジャーファルはふたりきりだ。めずらしくはないことだった。家族のいる者は家族と過ごし、若い者は街に繰り出し、仕事が残っている者は仕事を片付ける。とはいえ、探そうと思えば酒飲みの相手を探すことは難しくなかった。シンドバッドがそうしなかっただけだ。ただジャーファルのうるさい小言を聞きながら、ゆっくり酒を呑みたいなあとそんな日があるのだった。

「……酒が足りないのかな」

ぽつり、シンドバッドが呟く。確かに酒飲み相手がいる時と、ひとりで呑んでいる時とは酒量が違う。

「そうですか?最終的な酒量は確かに違いますが、大体半瓶ほど呑んだ辺りで吸い始めますが」

酒瓶を見てみれば、おおよそ半分減っていた。実によく見ている。

「ふたりきりの時だと、ほら、気恥ずかしいだろう」

「私は他の者が見ている前で吸われる方がよっぽど恥ずかしいです」

「俺は違うんだ。うんうん、そうだそうだ。ふたりきりの時だと恥ずかしい」

ジャーファルは納得していない風で、眉を顰めている。シンドバッドの隣に座り、「ん」と顔を寄せた。

「今、吸ってみてください。本当に恥ずかしいか、知りたい」

「……っ!」

吸いたいと思った白くてやわらかい頰が目の前にある。シンドバッドが息を飲んだのは、頰が差し出されたからではない。顔を寄せてきたジャーファルの唇を吸ってみたいと直感的に思ってしまったからだ。薄くてちいさな唇に、唇を重ねて、優しく吸いたい。下唇を食み、舌を口腔へ忍び込ませたい。ちいさな舌を弄んで、吸って、甘噛みしてみたい。その時、ジャーファルはどんな顔をするだろうか。

頰や額と違い、唇は特別だ。部下への親愛の情では済まされない。シンドバッドは理解した。いままで無自覚であったが、今、理解した。ふたりきりの時に吸うなんてことできるはずがない。

 

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