ごほうび(R18*学パロ)

 

確か最初は頭を撫でた。次も頭を撫でた。三回目は頭を撫でるだけでは物足りなかったのか、じっと訴えるように見つめてきたから、考えた末頬に唇を押しつけてみた。それなりに恥ずかしかった。マスルールは満足したようで、新しい設問へと取りかかる。

次も正解するだろうか、とマスルールがシャープペンシルを走らせる様子を窺う。大きな手に握り込まれたシャープペンシルはちいさく見えて、力を込めると簡単に折れてしまいそうだ。正解はして欲しいけれど、正解するとまた頬に口づけしなくてはいけない。

嬉しいものかなあ、首を傾げながら、マスルールの手元を見る。いまのところ間違ってはいない。私の教え方が良かったのだろうと得意げな気持になる。そんな気楽に構えている場合でもないけれど。

「…………」

マスルールが無言で、私の目の前にノートを差し出してきた。私は赤いペンを取り、ノートに書かれた解答に目を走らせる。解き方も答えも完璧だ。大きく丸を描き、「正解」と伝える。マスルールはじっと私を見つめた。いつもと変わらない表情をしているくせに、期待を込めた目がご褒美をねだっている。

「……また頬にキスでいい?」

たっぷり黙りこくった後、「……まあ」と呟いた。どこか不服そうだ。次はどんなご褒美をねだられるのだろう。ため息を吐き出したくなるのを堪えながら、マスルールの頬に唇を押しつける。不服そうだった割に、頬に口づけをされると満足そうに目を細めた。……マスルールは可愛い。しみじみとマスルールの愛らしさに思いを馳せている間にも、ノートに向かい合い、シャープペンシルを動かしている。普段は眉間に皺を寄せて、今にも唸り出しそうな顔でノートに向かう。ご褒美の威力はすごい。

頑張ったら褒めて欲しい、と言ったのはマスルールだった。いつも褒めているじゃないか、そう返すと、言葉だけじゃ足りないと言われたのだ。真面目な顔で、正解したら頭を撫でて欲しい、と言われた時は形容しがたい気持に襲われて、自分を取り戻すのに時間を要した。私よりずっと逞しくて立派な体躯をした年下の男の子が、真顔で、大真面目に、頭を撫でて褒めて欲しい、とお願いしてくるのだ。思わず変な声を上げて、胸を押さえてしまっても仕方がないと思う。胸を締めつける擬音はきゅううんだった。その時、私は決めたのだ。全力で褒めちぎる、と。

そう決めたはいいが、マスルールからお願いされた頭を撫でるというご褒美は三回で終わった。三回目に頭を撫でた後の、不服そうな表情と、ぽつりと零された「さっきより難しい問題だった……」という言葉に私は負けた。どんなご褒美が良いのかと問いかけてもマスルールは無言のまま見つめてくるばかりで正解をくれない。頬に口づけしたのは、無言のマスルールが、私の唇をじっと見つめていることに気づいたからだ。……マスルールと口づけしたことは、何回かある。そうは言っても、唇に、というのは多少なり勇気が必要だったから頬にしたのだ。まだ問題はあったし。

「ねえ」

「…………」

「嬉しいものなの?」

だって色気もなにもない男だよ?そう疑問を口に出すと、手が止まった。じっと目を見つめ、けれど何も言わない。

「あ、邪魔しちゃった?ごめんね。もう黙るから」

「…………あなたがいい」

それだけ呟くと、顔を伏せ、問題に取りかかり始めた。さらり、と告白され、狼狽える。頬が熱くなってきて思わず立ち上がった。

「飲み物、持ってきますね」

台所に立ちながら、ちいさく息を吐き出す。マスルールから告白らしきものをされてからもう随分と経つ。最初はよくわからなくて、私も好きだよ、と返していたけれど、意味合いが違うと気づいたのは無理矢理口づけされた時だった。不思議と嫌ではなかったから、別段お付き合いをしている訳でもないけれど、なんとなく一緒にいる。

ガラス製のコップをふたつ選び、冷蔵庫からオレンジジュースを取り出して注ぐ。氷も二三個入れる。マスルールにコップを手渡すと、ぺこりと頭を下げた。

「何か食べるかい?」

「……エプロンっすか」

「エプロン?」

唐突な言葉に首を傾げ、何を言いたいのか考える。多分、何か作るのならばエプロンを着用するのか、と問いかけているのだと思う。いろんな言葉をすっ飛ばしているから正解かどうかはわからない。正解だと仮定してから口を開く。

「きみが何か食べるのなら」

「じゃあ、食べます」

じゃあってなんだろう。ともかく何か簡単に作ってあげようと、立ち上がり、淡い緑のエプロンを着ける。冷蔵庫の中身を確かめていると、隣の部屋から「あの」と声を掛けられた。冷蔵庫を閉めてマスルールのところへ戻る。

「終わった?」

「はい」

さっきと同じように赤ペンを握りしめて、ノートを見る。今回も正解だ。

「えーっと、次も?」

頬に口づけでいいのだろうか。マスルールは躊躇いがちに首を振るう。

「…………ここに、いてください」

「それだけ?何か食べたいんじゃなかったの」

「あとで、でいいんで」

目を合わせずに言葉を落とす。仕方なしに何か作ることは諦めて、テーブルを挟んで向かい合う形で座った。テーブルの上には手を付けられていないオレンジジュースがある。

「飲まないの?」

飲みます、と呟いたかと思えば、コップを掴んで一息に飲み干した。咽が渇いていたのだろう。その割には手を付けていなかったし、今日のマスルールは何か変だった。普段とは違う様子に首を傾げながら私の分を勧めると、ぺこりと頭を下げて、今度はゆっくりと飲む。マスルールが持つとコップもちいさく見えた。

よくぞここまで大きく育ったものだなあ、と感心して見つめていると、コップを置いたマスルールがひどく真剣な目をして、見つめ返してきた。

「……次」

「次、正解したらってこと?」

「はい」

「なにが欲しいの?」

ここまでの展開は予想できた。だってそうだろう。頬に口づけした時だってどこか物足りない感じを醸し出していたし、次はもっと別なことをねだるのだろうと覚悟はしていた。マスルールは私の目を見つめるばかりで何も答えない。私は勝手に結論づける。おそらく、今度は唇だろう。

「いいよ」

「……本当に?」

「うん」

頷けば、すぐさま問題に取りかかり始めた。私は邪魔をしないように、コップを退け、台所へ持っていく。後で、とは言ったが、どちらにしろ夕飯は食べていくのだろうから、献立ぐらいは考えておいた方がいいだろう。マスルールは魚が好きだというから、魚を使ったものがいい。後で買い物に行こう。そう思いながらマスルールの元へと戻る。さっきも真剣だったが、今回はさらに真剣な様子で、私が隣に座っても顔を上げなかった。

あまりに真剣な様子だから、急に不安が湧いた。唇に口づけをして欲しいのだと決めつけていたけれど、本当は違うのではないか。もっと別なこと。そわそわして、気持が落ち着かなくなる。小声で「買い物に行ってくるね」と立ち上がろうとしたが、手首を掴まれて動きを制限された。ノートから視線を上げたマスルールの目は相変わらず真剣な眼差しをしていて、息が詰まった。そのまま、ぐいっと引っ張られ、膝の上に座らされた。

「……あの、マスルール?」

返事はない。戸惑う私の肩に顎を乗せて、再度問題に取りかかり始めた。逃げだそうとしてもすぐに引き戻されるに違いない。かといって、おとなしく座っていたら後々後悔するんじゃないかという予感が体中に満ちた。どうしよう怖い。

「あの、私」

「……集中できないんで」

視線は落としたままマスルールが言う。私が膝の上に座っている方が集中できないんじゃ……と疑問を抱くが、マスルールは集中力を欠いた様子もなく問題に取り組んでいて、私は仕方なしに口を噤む。お世辞にも綺麗とは言えない、角張った数字が紡ぐ式は、いまのところ間違ってはいない。教え始めた頃は本当にひどかった。近頃では成績も安定しているようだし、自習や復習の仕方も覚えたというから、そろそろ私は必要ないかもしれない。でも、どうだろう。私が卒業しても部屋にやってきて、こうしている気がする。そんなことを考えていると、シャープペンシルが机の上に転がった。

「答え」

「え、ああ、うん」

今回ばかりは間違っていて欲しい……、そう願いながら目を通す。通そうとした。しゅるっと紐を解く音がした。エプロンが緩む。マスルールの腕はすでに私の腰に回っていて、首筋に顔を埋めて匂いを嗅いでいる。

「……まだ見てないんだけど」

おそるおそる伝えるも全然聞いていない。ぎゅっ、と軽い力で抱き寄せられて、体が密着する。マスルールの体温はあったかい。釣られるように体温が上がり始めた。腰に回った両手がシャツの釦をひとつひとつ外していく。慌てて手で制するも、手のひらはすでに中に潜り込んで肌を撫でている。

「あのね……!」

「はい」

手が止まって安堵するも、手のひらはいまだシャツの中だ。心臓がどきどきして飛び出しそうな気さえする。

「……手を」

「それより解答」

それよりではない、と首を振るうもマスルールに動く気配はない。まったくない。膝の上に坐らされているせいで、臀部の辺りに何か穏やかでないものが当たっている。当てられていると言った方が正しい。私の人付き合いの範囲はとても狭いから、おそらくはそうなのだろうと仮定するけど、マスルールのはすごく大きい。

マスルールが何を望んでいるのか、この状況でわからない訳がない。けれど、どう考えたって、これは無理だ。無理ったら無理。深呼吸ひとつ冷静さを取り戻そうと努める。

「…………っ、あ」

するする肌を滑る指先が乳首を軽く引っ掻く。もちろん気持良いなんてことはないけれど、くすぐったさと驚きで声が出た。その声が妙にか細くて恥ずかしくなる。マスルールは肩に顔を埋め、皮膚に額や鼻先を押しつけてきた。その仕草は犬みたいなのに、ちっとも可愛くない。

「まだ、答え合わせ、してません」

指が止まる。妙なところで素直なマスルールに笑みが零れてしまうけれど、微笑ましく思っている場合ではない。改めてノートに視線を落とす。ペンを持つ手が震える。どうか間違っていますように、と願いながら目を通す。助かる術はそれ以外に有り得ない。マスルールは抱きしめる腕の力をどんどん増してくるし、時折吐き出す息が熱っぽい。

私の願いは虚しく、マスルールの出した解答は完璧だった。誇らしくも思うし、教え甲斐があるというものだが、正解を示す大きな丸を付けることができない。

「……ジャーファルさん」

「………………間違って、ない」

伝えると同時に指が動き始め、肩のあたりを軽く噛まれた。

「ま、待って!私、勘違いしてて」

「でも、いいって言いました」

「きちんと確認しなかったのが、悪いんだけど……!」

自分の体を守るように丸まって必死に訴えれば、マスルールの動きは止まり、私の様子を窺う気配がある。おそるおそる視線を向ければ、いつもと同じ表情のマスルールと目が合った。

「……途中まで、でいいんで」

「途中、まで?」

「あなたが、俺を嫌いにならないところまで」

随分と難しいことを言う。このまま事を進められたって、この素直な後輩を嫌いになれそうにないのに。短く息を吐き出し、「じゃあ、途中まで」と言葉を落とす。

マスルールの手がもどかしそうにシャツを剥ごうと動くが、気が急いているせいか、上手く脱がすことができない。手助けをする間もなく、中途半端な形でシャツを放置して、肌を撫で、唇で触れる方に集中し始めた。ご馳走を与えられた犬じゃないんだから、と笑ってしまいそうになるけど、あまりに必死なマスルールの仕草に不思議な感覚に捕われ始める。頬が熱い。それから、体もなんだかあったかい。

「……ふ、っ、くす、ぐったい……」

「嫌、ですか」

不安を含んだ声に首を振るって答える。安堵の息が肌に触れて、何故か胸が締めつけられた。しばらくは肌を撫でるばかりだったが、不意にベルトを外す音が耳に届いて、思わず目を閉じる。下着の中に滑り込んでいた大きな手のひらはやんわりと性器を握り込んで、愛おしげに指先で撫で回し始めた。他人に触られたことのない部分を自由にされるのは、心許なさと不安と、それからほんのわずかな期待があった。私は何を期待しているのだろう。問いかける。不器用に見える指は丁寧に、ゆっくりと、先端を撫でて、傷つけまいとする意志と、快楽を引きずりだそうとする意図を感じさせた。

「きみの、も、さわった方が、いいの?」

ぎゅっと強く握り込められる。

「――ッ、あ、やっ」

「……すみません」

めずらしく焦りを滲ませた台詞に、目を開いて振り返った。どうしたの?と問いかける前に唇を塞がれる。呼吸ができないほどに唇を吸われ、そのまま床に押し倒された。覆い被さるマスルールの目はいつもと違う。同じに見えるのに、どう見たっていつもと違う熱っぽさがあった。

「あまり、しゃべらないでください」

うん、と頷いたはいいものの、どうしてそんなことを言うのかわからない。性器を握り込めていた手のひらは急に動きを速め、快楽を急き立てる。初めての感覚に腰が浮いて、目の前の体に縋りつく。初めての感覚は恐怖に近い不安を呼び起こした。そのくせ、気持良くって「やめて」の一言が言えない。

「あ、あ……っ、んん、はぁ、……っ!」

射精した後、体から力が抜けて、縋っていた腕からも力が抜けた。床に体を預けながらマスルールを見上げる。

「……タオル、持ってこなくちゃ……」

マスルールの手は私が吐き出した精液で汚れている筈だ。身を起こそうとする私を押し止め、また口づけをする。肉厚の舌が滑り込んできて、たどたどしく私の舌を捕らえ、擦り寄ってきた。同じように舌を寄せる。絡み合う舌の動きは激しくなって苦しいのに、唇を離すことができない。時折、歯と歯がかち合って、音を立てた。その時だけは唇を離し、ちいさく笑う。

続けられる深い口づけにぼんやりとしていた私に冷静さが戻ってきたのは、マスルールの指が臀部を滑り撫でた時だった。未体験であるといえ、性交がどんなものなのか知識はある。男同士の時は、どうするのかも、朧げであるが知っている。マスルールの体を両手で押す。

「…………怖いっすか」

気を悪くした様子もなく、マスルールが問いかける。その声は優しい。私を安堵させる。素直に頷くと、「大丈夫です」と言った。……大丈夫?

「やめてくれるんだよね……?」

不安になって見上げると、ただじっと見つめ返してくる。

「途中まででいいんだよね?」

どんどん大きくなる不安に眉尻が下がるのが自分でもわかった。マスルールは何も言わない。動きは止まっているけれど、引く気配はない。

「嫌だったらやめるんで」

ようやくのこと与えられた言葉に安堵しかけて、眉を顰める。

「……やめてくれないの?」

やめます、と呟いて、私の唇を塞ぐ。同時に動きを止めていた指が、臀部の割れ目をなぞる。いやいやをするように首を振るい、唇を引き剥がすと「もう無理です!これ以上は、無理です!」と叫ぶ。視界が滲んで、マスルールがどんな表情をしているのかわからない。ぬるりとした液体が後孔に触れ、それが自分が吐き出した精液だと思い至るより先に、指先が中へ入り込んできた。

「――っあ、……ぁあ!」

入り込んだのは指先だけなのに、割り開かれた感触に混乱する。だめ、だめ、と必死に訴えるも、指が引き抜かれる様子はない。頭の中がぐちゃぐちゃになる。無理、怖い、やだ、と口から飛び出した言葉はどれも子供っぽかった。先輩としての威厳とか、そういうものはどこかに飛んでしまって、目の前のマスルールに懇願する。

「……大丈夫です」

何が大丈夫なもんか。思ったけれど言葉にならない。マスルールは宥めるように何度も「大丈夫」と繰り返した。そう言ってくれる間にさっさと指を抜いてくれればいいのに、と恨みはしたけれど、散々嫌だ嫌だと繰り返している内に落ち着いてきて、最後にはどうでもよくなった。何も言わなくなった私を、マスルールは安堵したように見つめている。

「可愛くない子」

「……はい」

どこか嬉しそうに頷いて、今度は軽く唇を啄む。動きを止めていた指がゆっくりと奥へ進み、異物が入り込んでくる感覚に息が詰まった。すこしずつ体を開かれていく感じがする。

「お願い、ゆっくり……」

もう十分に努めてくれていることは理解しているけれど、それでもお願いせずにはいられなかった。指が中程まで進んだ後、急に引き抜かれる。ほっと息を吐き出すと同時に体を引っくり返され、俯せにされた。マスルールは自分の鞄を引き寄せ、中を探っている。取り出したのは、液体に満たされたボトルで、その用途にすぐさま思い至り、羞恥と、それから拗ねた気持が沸き上がってきた。

「…………そんなもの、どこで」

「店で」

「そんな店よく知っていたね」

「教えてもらったんで。それに、勉強もしたんで」

そんな勉強より頑張るべきことはあるでしょう、と言いたくなるのを堪える。気に掛かるのは一点。

「……きみにそんないかがわしい店を教えたの、誰」

「先輩」

どの先輩かは聞かないことにする。大体の予想はついているけど。

「最初から、私の部屋に行きたいって言った時から、そのつもりだったんだ」

真面目な後輩だと思っていたのに、と唇を尖らせると、「はい」と素直に頷いた。素直に肯定されると、何を言っていいかわからなくなる。うっかり素直だねと褒めてしまうところだった。そこまで甘やかしてしまうのはマスルールのために良くないと無理矢理に言葉を繋ぐ。

「わざわざそんなものまで用意して」

「いえ、いつも、鞄に入れてるんで」

「………………」

深く問いただしたら最後、逃げられない気がして「そう」とだけ返す。

「続き、してもいいですか」

いじわるを言ってみようかと思ったのは一瞬だった。ここまでしておいてきちんと許可を得るのか思うと、愛おしさが湧いてきて、私は頷くしかない。頷くと、下着ごと下を剥ぎ取られ、二つ折りにした座布団を腹の下に押し込められた。体勢の恥ずかしさに片手で臀部を押さえようとするけれど、すぐさま手首を掴まれて制された。背後でぬちゃぬちゃと粘着質な水音が響いて居たたまれなくなる。ぬるぬるした指先が後孔に触れた。触れる指は優しく穴を撫でる。どうせなら一思いに突っ込んで欲しい。突っ込まれたい訳じゃないけれど、焦らすように撫でられるのは恥ずかしいし、体の緊張が解けなくて疲れる。じっくりと見られるのも嫌だし、と、口を開く。

「……あの、するなら、はやく」

背後で息を呑む気配がしたかと思えば、すぐさま指が入り込んできた。はやく、とは言ったけれど、何の合図もなく進められると思いがけず声が零れる。

「あ……っ!」

意識がそこに集中して、体が強張った。勝手に力が籠る。指の形を否応無しに認識させられる。指はゆっくりと動きながら、更に奥へと進もうとする。唇を噛み締めて、声を殺そうと努めた。

「……力、抜いてください」

覆い被さるマスルールが耳元で囁く。無理、と首を振るえば、空いた方の手で髪を撫でられた。いつもと逆だ、と余裕のない頭で思う。

「ジャーファルさん」

不安げな色を含んだ声が私の名前を呼ぶ。随分と身勝手な条件で抱こうとするくせに、心配だけはめいっぱいしてくれる。心配するくせに止めようとする意志がまったくないことも、妙に可笑しくて鼻を啜りながら口角を持ち上げた。無理矢理に息を吸い、吐き出して、体の力を抜こうと努力する。深呼吸を二三度繰り返せば、体の強張りがすこし解けた。

それを合図に指が動く。傷つけないよう丁寧に中を解していく指が、あまりに優しくて涙が零れそうになる。やがて一本だった指が二本に増え、受け入れる準備が進んでいることを知らせた。二本の指が内壁を引っ掻けば、時折ぞわぞわと体が震える。萎えていた性器がゆるく首をもたげ、それは快楽なのだと教えてくれた。

指が引き抜かれた。最初は苦しくてたまらなかったのに、引き抜かれると物淋しさを覚える。だが、すぐに違う物が与えられるのだろう。先ほど押し当てられていた感触を思い出すと、全身に震えが走った。これは多分怯えだ。はっきり言えば、まだ怖いし、できることならば逃げ出したい。でも、付き合えるところまで付き合いたい。まだ大丈夫、と自分の心臓に確かめ、目を閉じる。

さっきまで散々弄られていた部分に、指とは違う質量の物が押し当てられた。深く息を吐き出して、体の力を抜く。先端が肉をぐぐっと押し開きながら、中に滑り込んだ。

「――――ッ!」

上手く呼吸ができなくて、咽を喘がせる。全身が強張って、涙が零れた。潜り込んだ先端は動きを止めている。拳を握り込め、痛みと異物感が過ぎ去るのを待つ。けれど、待ったところで無駄だった。中に潜り込んだ先端は引き抜かれることなく、痛みは和らいだけれど異物感はいつまで経っても存在している。

「……くる、し……っ」

なんとか声を搾り出して訴えると、また頭を撫でられた。その手は優しくて、安心をもたらすには十分だったけれど、今度こそ本当に無理だった。みっともなく涙が零れて止まらない。しゃくりあげながら、無理です、と言えば、自分の言葉に釣られて更に涙が零れた。これで止めてもらえなかったら、子供みたいに泣きわめいて許しを乞わなくていけない。最早冷静さは欠片もなかった。泣きわめく覚悟を決めた時、マスルールが静かに口を開いた。

「……力抜いてもらわないと、抜けないんで」

ああそうか、息を吐き出す。止めてくれるのかと思えば、自然に体の力が抜けた。先端が抜き取られ、安堵のあまりまた涙が零れて落ちる。ぐす、と鼻を啜りながら、涙を拭い取り、呼吸が収まってから体を起こそうとした。マスルールは覆い被さったままで動く気配はない。仕方なく諦めて床に体を預ける。

「大丈夫っすか」

「…………大丈夫、です」

虚勢を張れる程度には冷静さが戻ってきたけれど、後輩の前でみっともなく泣いた事実は変えられない。そもそも後輩のせいではあるんだけど。拗ねた気持になって、どんな顔をしているのかとマスルールに視線を向けてみたけれど、その表情に反省の色は見つけられない。

「大丈夫だけど、今日はもうしないからね」

眉を寄せて言えば、素直な頷きが返ってきた。それに満足して微笑む。やっぱりマスルールは可愛い。

「じゃあ、来週」

「…………」

「今日は、しないんすよね?」

「私、今日は、なんて言いました?」

「言いました」

撤回、と言おうとした瞬間、唇を塞がれた。

「ジャーファルさんが言いました」

強い意志を感じて眉を顰める。目を細めて私を見つめるマスルールは、獣の目をしている。すこし怖い。

「別に来週じゃなくってもいいんすけど」

指が太腿をなぞる。ここで否を返せばどうなるのかぐらい、私にだってわかる。唇を噛み締め、可愛いんだか、可愛くないんだかわからない後輩を睨んでみた。

「……無理強いはしないんで」

これが無理強いじゃなくてなんだというのか。脅しに近い。そう思うのに心のどこかが、仕方のない子、と甘くなっているのを感じる。だってどうしようもない。例え、可愛くなくたって、マスルールは可愛い。頭も心も、マスルールを可愛くて良い子だと認識していて覆すことができない。

「止めてって言ったら、すぐに止めてくれる?」

「はい」

「絶対?」

「はい」

「じゃあ、付き合ってあげる」

「……はい」

マスルールがちいさく息を吐き出すと、その吐息が髪を揺らした。邪魔な座布団を腰の下から取り去って、体を反転させる。

「あのね」

真っすぐに視線を合わせ、見上げた。

「……きみの、そういうところ好きだよ」

もっと素直に言ってあげてもいいけれど、可愛くないことをしたお返しだ。マスルールは何度か瞬きを繰り返し、それから眉間に皺を作る。

「もう、一度」

「そういうところ、好きだよ」

「もう一度、言ってください」

「……もう言いません」

また来週言ってあげる、と笑えば、眉間の皺を更に色濃くした。そのまま何度も唇を塞がれて、しばらくの間解放してもらえなかったのはすこしだけ困った。ほんのすこしだけ。 

memo
20130515
そして毎週毎週マスルールによる拡張作業が!