すんどめ(シャルジャ*R18)

注*最後まではしてない

 

ジャーファルさんは酔っぱらうとタチが悪い。

普段は、酒を飲むな、禁酒しろ、と人に口うるさく言う癖に、酔うと今度は、酒を飲め、私の酒が飲めないのか、と無理矢理に酒瓶ごと傾けて、口の中に流し込んでくる。それだけじゃない。些細なことでぐちぐちと絡んでくるし、首に腕を回したかと思えば、「どうなんだ、きみは。ちゃんと頑張ってんの?」だとか「なんできみ、こんな可愛くなくなっちゃったの?可愛かったシャルルカンを返せ」だとか、そんなとんでもなく失礼なことを言う。俺はいまでも可愛いですってば!

言い返す俺の言葉なんか無視して、ジャーファルさんはまた酒を呷った。口腔に納めきれなかった酒が唇の端から零れて、顎を伝い、首を流れ、服に染み込む。

「飲み過ぎです」

「きみだって、いつも、いっぱいのんでる。私はだめだって言うの?そんなのひどい」

だから飲め、と繋がらない文脈を無理矢理に繋げ、また酒瓶を俺の口に押しつけてくる。本当にもうタチが悪いったらありゃしない。抵抗すると余計に燃え上がるから、口の中に注がれた酒を必死に飲む。もちろん全てを受け止めることなんて出来やしなくて、酒は俺の口から溢れて零れて、首もとやら服やらをべしゃべしゃにした。

「もー!もったいなぁい!」

子供っぽく頬を膨らませたジャーファルさんは、顔を寄せてきて、零れた酒を舌で拭う。

「わ、わ、ちょっと、ジャーファルさんってば!」

「だってもったいない。おいしい酒なのに」

そう言ったかと思えば、俺の頬や、顎、首をぺろぺろと舐めはじめた。ぞわぞわと肌が震える。ジャーファルさんの熱っぽいやわらかい舌が肌を這う。本当にタチが悪い。いつの間にか、俺の上に腰を落ち着けていて、ぺったりと体を密着させている。人の重みを感じると、ふるりっと体が震えた。

「……シャルルカン」

どこか甘さを含んだ囁きが耳朶をくすぐり、その後すぐ甘噛みされた。ああもう、なんでこの人はこうも始末に負えないのだろう。普段は厳しくって、俺のことなんかちっとも甘やかしてくれなくて、甘さを含んだ好意なんて微塵も見せてくれない癖に。タチが悪い。そんなことを思いながら、ため息を吐く。――タチが悪いのは俺も同じだ。酒に酔ったジャーファルさんがどんな行動を取るのか、俺は知っている。知っているから酒を勧める。結局俺はこういう目に合いたいのだ。そりゃそうだ。だって普段はとりつく島のないジャーファルさんが俺だけを構ってくれる。甘えてくれる。体が震えるのは、体の重さや舌の感触のせいばかりではない。

俺の指にジャーファルさんの白い指が絡む。俺の肌は褐色だから、ジャーファルさんの白い肌がよく映える。酒のせいで、普段より手のひらがあったかい。ジャーファルさんは楽しそうにくすくす笑い出し、耳や頬を舐め、ちゅっちゅっと音を立てて首筋に吸いついた。

「……ジャーファル、さん……」

右手を腰に添えて、そろそろと撫でれば、やっぱりくすぐったそうに笑って身を捩らせた。

「よし、やらしいことしよう」

言うなり被り布を乱暴に取り払い、放り出す。腰帯を解きかけ「まあいいや」と呟いて、腰布をめくりあげた。白い太股が露わになって、俺は慌てる。

「わ、わわっ、ジャーファルさん!」

「なあに?」

「そんな小首傾げて、なあに?じゃありませんよ!普段はしっかりしてる癖に!」

いきなり気恥ずかしくなってきて、慌てて制止する。ジャーファルさんは不服そうに唇を尖らせて、俺を見ていた。

「つまんない子。……楽しいこと好きでしょ?」

「そりゃあ、楽しいことは大好きですけどォ……」

でも、だからって、こんな性急な……と言葉を濁す。さっきから心臓がばくばくと鳴り続けていて息が苦しいくらいだ。本当にふたりきりで良かった、そう思う。こんな姿、他の誰にも見せられない。

ジャーファルさんは酔うと人に絡む。酒を飲めと強要する。そして、誘ってくる。さすがに誘ってくるのは、特別な感情を抱いている相手だけだとは思うし、そう願っているけれど。問題は場所を問わず、という部分にあった。

王サマや他の八人将、文官や武官が傍にいる宴の席だとしても、ジャーファルさんはもぞもぞと俺の体を触り始める。頬や首に口づけを落とす。その度に俺は反応して、それでもその場でおっ始めるなんてこと出来るはずがなくて、毎回毎回生殺しだった。だから、つまりは、そんな状態で時間だけが闇雲に過ぎて行く、という状況をいい加減どうにかしたかったのだ。

 

 

 

ふたりきりで酒飲みましょうよォ!と誘った時、ジャーファルさんは怪訝そうな顔をした。下心を見透かされた気がして、慌てて言い訳を紡ごうとしたが、それより先にジャーファルさんが口を開く。

「いいけど、なんでまた急に」

「本当ですか?!やったー、ジャーファルさん公認で酒盛りー!」

深く説明をしないために、努めてはしゃいで見せる。

「……つまり共犯、と」

「共犯なんて人聞きの悪い。ジャーファルさんと楽しく酒飲みたいだけですってば」

「でも、なんでふたりきりなの」

「…………」

「賑やかなのが好きだろ、きみ。私、おもしろい話なんか出来ないよ?」

「……実は、相談があって」

嘘はさらっと唇から零れた。ジャーファルさんは目を見開いて、それから眉を顰める。

「先に言っておくけど、恋愛相談なんかされたって私には何も答えられない」

「いや、ジャーファルさんに恋愛相談持ちかけるような人はいませんから」

「…………」

「自分で言った癖に!」

ジャーファルさんの冷たい目は、心臓をひやりとさせる。

「ともかく!約束はきちんと守らないとダメですからね!今晩待ってますから」

「はいはい、わかりました」

そんなやり取りをしたのは、昼間のことだった。ジャーファルさんは約束通り、夜にやってきて、俺とふたきりで酒を飲んだ。一口、二口、と酒を飲む様を眺めていると、とろんとした目付きでこっちに視線を向けて来た。

「誘った癖に、飲んでないねえ」

唇の端が吊り上がって、意地の悪い、でも楽しそうな笑顔になる。心待ちにしていた反応とはいえ、大事なのはここからだ。先に俺が酔い潰れてしまっては元も子もない。どきどきしながら「飲んでますってば!」そう言い返して、酒を少しだけ飲む。

「飲んでない!全然飲んでない!ふたりきりなんだから、きみが盛り上げてくれなきゃ、盛り上がらない!」

お酒が足りないんだね?!と何故か目をキラキラさせて、酒瓶を手に取る。毎回思うことだけれど、なんで瓶ごと持ち出すのかがわからない。杯でいいでしょと思うんだけど、それでは物足りないのだろう。すごく迷惑。

無理矢理に口元に押しつけられた酒瓶を両手で押さえ、一気に飲ませようとするジャーファルさんに逆らうように、一口飲んだ。ジャーファルさんはつまらなそうに唇を尖らせる。

「男なんだから、もっと豪快に!シンだったら大喜びだよ?!」

「……じゃあ、今度王サマに酒瓶押しつけたらどうですか」

「シン相手にそんなこと出来る訳ないじゃない」

俺だったらいいんですか、そんな言葉が出そうになるが、返ってくるのは肯定だから黙り込んだ。黙り込んだ俺の顔を、小首を傾げて覗き込んで、「どぉしたのぉ」なんて舌足らずの、ちょっと頭悪そうな口調で問いかけてくる。

「ねえ」

「……はい」

「相談ってなに?」

覚えていたんだ、と少し感動した。相談事なんて丸っきりの嘘だったから、俺は言葉に詰まる。もごもごと唇を動かすばかりの様子に、ジャーファルさんは急に真面目な顔になった。酒で頬は赤かったけれど。

「言い出しにくいこと?」

「まあ、そう、です」

「わかった。……きみ、不能なんだよね」

性的に、と真顔で言った。

「なんでそうなるんですか!」

「だって、きみ、毎回毎回あんだけ誘ってるのに、なんにもしないじゃないか。でも、大丈夫。私は気にしない」

ああこの人は酔っているんだなあ、と遠い目をする。ていうか、誘ってたんだ。やっぱり誘ってたんだ!あんな衆目のある場所で誘うってどんな思考回路してんだ、この人!

「違います!大体、その、俺の、当たってた、でしょうが!」

「うん、当たってた」

「だから不能じゃありません!」

「……じゃあ、童貞で上手く出来るかわからないから、怖じ気づいたの?」

「童貞でもありません!」

「私は気にしないよ?」

「だから、童貞じゃありませんったら!……大体、あんなとこで、出来る訳ないじゃないですか」

「それだけ?それだけの理由?」

「……そおです」

ジャーファルさんは、そっかあ、と嬉しそうに笑って、酒瓶に口を付けた。咽が豪快にごくごくと動く。男らしい飲みっぷりに感心しながらも、そっと酒瓶を取り上げる。

「飲むの?」

「ええ、そうです。今度は俺が飲む番」

そう呟き、やっぱり自制しながら咽を潤した。

「つまんないなあ。もっと勢いよく飲んで。つうか、飲め」

「…………」

にこにこと笑うジャーファルさんの手が伸びて来て、酒瓶を奪い返す。嫌な予感が湧き上がって、ちょっとだけ逃げたくなる。逃げたい、そんな気持を感じ取ったのか、首に手を掛けて逃がすまいと引き寄せた。酒の匂いがして、不思議な気持になる。酒を飲んだジャーファルさんは、普段のジャーファルさんとなにもかもが違う。匂いはするし、ケラケラとよく笑うし、よく飲む。普段のきっちりとしたジャーファルさんのことも好きだけれど、こういう時のジャーファルさんも決して嫌いではない。楽しそうに笑っていると、嬉しくて、くすぐったくなる。その代償が、飲酒の強要と絡まれることだとしても。

「もっと飲みなよ。いっぱい飲んで、楽しく笑って、楽しくはしゃごう!」

ふたりきりで!と高らかに宣言して、また酒を飲んだ。常々思うけれど、酒を飲んじゃダメなのは王サマじゃなくてこの人だ。もっともジャーファルさんは滅多に酒を飲まないから、やっぱり禁酒した方がいいのは王サマということになるのだろう。そんなことを考えてる間に、ジャーファルさんは酒を飲み続け、頬は酔いで赤くなり、目はとろんと細められている。時々、何が楽しいのか、くすくすと笑い、俺の口に酒瓶を押しつけた。

「よし、マスルールを呼ぼう!」

唐突にそんなことを言い出した。

「ちょっ、ふたりきりって言ったじゃないですか!」

「だって、きみ、今日あんまり飲まないし、私ばっかり飲むのつまんないし、マスルールならいっぱい飲むし、可愛いから酒の肴になるでしょう?」

「意味がわからないです。なんですか、酒の肴って」

「可愛いマスルールを見ながら飲むと、お酒がおいしい」

「いやいや意味がわからないです。そもそも可愛くないです」

「可愛いもん」

誰かさんと違って、そんな憎まれ口を叩いて、また酒を飲んだ。飲んで、ひとつ息を吐き出す。

「昔はねえ、きみも可愛かった。気弱で、自分に自信がなさそうで、だから私、この子のことを守ってあげようって。シンが私に与えてくれたように、私も、誰かに何かを、すごくちいさくていい、なにかあったかいものを与えてあげようって」

昔のことを思い出すとすこしだけ泣きたくなる。王サマの力強い腕が俺を救い上げ、それからジャーファルさんの優しい手が俺の頭を撫でた。その記憶は、多分いつまでも消えない。ジャーファルさんの子供への優しさというものは、おそらく間違っていて、与えるばかりが正しいのではない、とよく王サマに怒られていたのを覚えている。けれど、あの時の、傷付いていた幼い俺には必要なものだったと思う。

いまでは些細なことで怒るけれど、昔の俺は何をしても怒られなかった。あの頃の俺には、シンドリアの他には居場所がない、ここを追い出されたらどこにも行けない、そんな怯えが常に寄り添っていた。だから、何か失敗をした時には、追い出されるのではないかと怖くて怖くて仕方がなかった。そんな俺の頭を優しく撫でて、ジャーファルさんは何度も何度も囁いた。大丈夫だよ、と。大丈夫、その言葉を繰り返して、頭を撫でて、それから笑ってくれた。

「本ッ当に、昔は可愛かったんだよ?!」

しんみりした空気を打ち壊すようにジャーファルさんが力強く言う。

「……今も可愛いですってば!」

ううん可愛くない、全然可愛くない、そう何度も繰り返して酒を飲む。ため息を吐き出しながら酒を取り上げようとすれば、酒瓶を抱き込めて嫌々をするように体を揺らした。あまり飲み過ぎると、当初の目標を達成することが難しくなる。

「飲み過ぎです」

「きみだって、いつも、いっぱいのんでる。私はだめだって言うの?そんなのひどい」

そんなやり取りをしている間に、ジャーファルさんは俺の上に乗っかってきて、楽しそうに笑っている。

「でも、ほら、可愛い子にはこんなこと出来ないし」

うふふ、と笑ってまた頬に唇を押しつけた。酔っ払いだなあ、と俺は思う。嬉しいんだか困るんだか、複雑な気持が混ざり合って、眉間に皺が寄る。

「嫌ならやめるけど」

あっさりとそんなことを言う癖に、体を動かす気配はない。そうは言っても「嫌です」と言えば、ジャーファルさんは本当にやめるだろう。

「……嫌、じゃないです」

俺は素直になるしかない。

「きみが嫌なら、私、やめる。無理強いなんかしない」

そう言って腰を持ち上げる。

「嫌じゃないって言ってるのに、なんでそうなるんですか!」

「嫌じゃない程度だったら、別にいいかなあって思って」

「嫌じゃないです!むしろ望むところです!俺とやらしいことしてください!」

ここまで素直になるつもりはなかった。

「でもなあ、態度が伴ってないんだよねえ」

膝を立てたまま、腰を下ろす様子はない。態度が伴ってない、それはつまり、俺からも動けということだ。頬があったかくなってくる。おそるおそる手を伸ばし、酒で赤らんだジャーファルさんの頬を包み込んだ。嬉しそうに笑うジャーファルさんは、俺の手のひらに頬を擦り寄せてくる。

「それからどうするの?」

顔を引き寄せて、唇を合わせる。思い返せば、頬や鼻、首には口づけをたくさんするのに、唇には一度もなかった。

「ん……」

一度離して、またくっつける。舌を滑り込ませてみると、あっさりと受け入れられた。俺の頬を舐めた舌を吸い上げ、絡ませ合う。体温が上がって、呼吸が荒くなった。何度も何度も口づけを繰り返していく内に堪らなくなって、ジャーファルさんの体を抱き込め、そのまま体を反転させる。

「……もっと、ちょうだい」

ジャーファルさんの白い手が伸びて、俺の首に絡む。引き寄せられ、また唇を合わせた。はっ、はっ、とふたりして荒い呼吸を吐き出す。もどかしく服を脱ぐ。手伝うようにして、ジャーファルさんの腕が俺の腰帯に伸びた。するり、と解けた帯が落ちる。白い手が上衣に潜り込んで、肌を撫でた。ぞくぞくと全身に震えが走って、呼吸が難しくなる。他のことをなんにも考えられなくなる。

はやくくっつきたい、そればかりが膨れ上がって、ジャーファルさんに手を伸ばす。腰帯を解き、上衣を剥ぎ、服の中に手を突っ込んだ。手触りの良い肌の感触にうっとりとして、何度も何度も撫で擦る。ジャーファルさんの肌は気持良かった。時折指先に傷の跡が触れる。それすら愛おしくて、服を捲り上げ、ひとつひとつに口づけを落とした。

「くすぐったいよ」

笑みを含んだ声が頭上から響く。甘い声だった。頭を撫でる感触がある。気のせいでなければ、愛しげに俺の髪を梳くその手は幼い頃に与えられていた手と同じだ。可愛い、可愛い子、そんな声が脳裡に浮かんで、俺は泣きたくなる。

――全部を受け入れて欲しい。

その気持がいつから生まれたのか、俺はよく覚えていない。思春期の頃だったとは思う。幼い、寂しがりの、どうしようもなく傷ついていた頃に与えられた、無条件の愛情がもう一度欲しい。どんなにひどい失敗をしても、どんなにひどく傷つけたとしても、それでも大丈夫だよと優しい声で肯定され、優しく頭を撫でて欲しい。もちろん幼い頃に与えられていた愛情だけが望みではないけれど、その気持は大きかった。

もう一度甘やかして欲しい、優しかった手をひとりじめしてみたい、どんなことをしても変わらないことを知りたい、それらの気持と、この人にとっての、一番じゃなくていい、特別になりたい、そんな様々な感情が入り乱れて、胸をいっぱいにする。もちろんただの純粋な情欲もあった。

「……俺、あんたのことすげえ好き……」

白い腹に頬をくっつけて呟く。

「そうなの?」

「そうです。……あんたは」

「可愛い」

ぽつり、と落とされた言葉に顔を上げる。ジャーファルさんはにこにこと嬉しそうに笑っていた。

「可愛くない、可愛い、ううんやっぱり可愛くない。可愛くないとこも、そんなに嫌いじゃない、可愛い。……そんなことばっかり考えて、それで、きっと泣いたらきみは可愛いなあって、どうしても泣いたとこ見たくってそれで」

何度か眠たげに瞬きをして、ジャーファルさんは言葉を続ける。

「……だから、私に泣くところ見せて?」

手のひらが俺の頬を包み込む。ジャーファルさんは、俺が泣くところが見たくてこんなことをするのだろうか。その気持が何に起因するものか知りたい、そう思った。

「痛みじゃだめ、悲しみでもだめ、寂しさもいや。嬉しくって泣くところ。それか気持良くって泣くんじゃなきゃだめ」

だからはやく、と甘ったるい声が囁く。もう一度唇を塞いで、腰布の裾から手を挿し入れた。脹ら脛、膝、太股と手を滑らせ、丸い臀部の合間に指を滑らせる。軽く後孔に指先が触れた時、わずかに体が強張った。

「大丈夫、ですか?」

「……大丈夫じゃないかなあ」

酔っぱらっているし、感覚鈍くなってるから、と大丈夫じゃないことを呟く。手を引き抜き、指にたっぷりと唾液を塗り付けてから再度戻した。指先が埋まる。

「――ッ」

身を強張らせるが、すぐに体の力を抜くようにして息を吐いた。ぐりぐりと指を押し進めようとするけれど、思うようにはいかない。しばらくそうやって弄っていれば、少しずつではあるが解れてきた。それでも指以外のものを挿入するには難しい。

「…………」

荒い呼吸を無理矢理に整えて、体の中に渦巻く熱情を落ち着かせる。

「シャルルカン?」

「ちょっと、待っててください。俺、やっぱり、潤滑油持ってくる」

「大丈夫なのに……」

「あんたの、あんたに関することでの大丈夫は、大丈夫じゃないんですから、おとなしく待っていてください。すぐに戻りますから絶対に寝ちゃダメですからね?絶対ですよ?」

「うん、寝ない。だからはやくしてね」

「もちろんです!」

色好い返事に満足して、ジャーファルさんの目蓋に唇を押しつけてから、急いで起き上がり寝室へ向かう。ずれ落ちそうになる衣服を乱暴に掴んで、腰帯を締め直した。確か寝台の隣りに備え付けてある机の引き出しに仕舞っていたはずだ。いつかのために、と用意していた小壜の中には特別に調合してもらった潤滑油が入っていた。あまり匂いがしなくて、体への負担を和らげるもの、と街の調合師に依頼したのは数ヶ月前の話だ。それなのに手元に置いておかなかったのは失敗だった。いや、予定としては、いい雰囲気になったら寝台に移動して、そこでいちゃいちゃするつもりだったから仕方ない。

あんなとこで乗っかってくるんだもんなあ、と頬を緩ませながらも、乱暴に引き出しの中を引っ掻き回す。すぐに小壜は見つかった。一度手のひらに垂らしてみたら、あまり匂いのしない液体が広がった。注文通りの匂いに満足して、垂らした液体を指先で掬ってみる。すごいぬるぬるしていた。これだけぬるぬるしていたら、指を挿し入れて掻き混ぜるのも、先ほどよりはつらくないだろう。これを使って、指で掻き混ぜて慣らして、それから俺の物でジャーファルさんの中をいっぱいにする。多分俺より先にジャーファルさんが泣くのだろう。そんな妄想が頭の中でぐるぐるする。安堵と期待に胸をいっぱいにして、急いでジャーファルさんの元に戻った。

「…………」

大事に握り締めていた小壜が、手のひらから落ちて、床に転がった。そのまま膝をついて、ジャーファルさんに覆い被さる。肩を掴んで揺さぶる。

「寝ないって言ったじゃないですか……!」

寝ている。ふにゃふにゃの笑顔で、嬉しそうな満たされた顔で寝ている。ふざけんな。なに幸せそうな面して寝てやがるんだ、この野郎。起きている時に言ったら、確実にシメられる言葉を胸の中で吐き出す。音に出していないから大丈夫だ。この野郎、ふざけんな。もう一度強く思う。

頬をぺちぺちと叩く。ううん……と唸ったかと思えば、やっぱりまた健やかな平和そうな寝息を零し始めた。

「ジャーファルさん!戻ってきましたよ!」

耳元で大きな声で叫んでみる。うるさそうに身を捩り、そっぽを向いた。それでもやっぱり寝顔は幸せそうで、起こすのは残酷なことに思えた。そうは言っても、あの状況でたった数分の間に寝ているって、どっちが残酷かといえば、明らかにジャーファルさんの方だ。こんな生殺しがあるだろうか。

油断しきった寝顔は無防備で、先ほど抱き合ったせいで衣服は乱れている。腰帯はだらしなく寛げられていて、上衣はぐしゃぐしゃ。腰布は大きく捲り上げられ、白い太股も露だ。酔いのせいか、ほんのりと肌が桃色に色づいている。正直とてもえろい。いわばご馳走とでも言える。そして、更に言うならば、ようやくありつけたご馳走だった。ふざけんな、そう叫んでも許されると思う。

「……ジャーファルさんのバカ……」

そう呟いて項垂れると、そんなにしないで……と寝言を呟いた。そんなこと全然してねェよ。

memo
2013.0203
酔っ払いジャーファルさんに絡まれるシャルがうらやましすぎるので毎回寸止め生殺しの目に合え…と呪いを掛けています。