いっしょにねようよ(シャルジャ編)

 

幼い頃の話だ。彼がまだちっちゃくて、私よりずっとちいさかった頃の話。夜、自室の寝台で眠っていると人の気配に目覚めることがよくあった。目蓋を開き、気配のする方へ視線を向ければ、幼い子供が立っている。寝ぼけ眼をさすりながら、または枕を抱きしめておそるおそる、もしくは何か怖い夢を見たのか涙目になりながら。状況によって様子は違ったけれど、私を見つめて「一緒に寝たい」と口を開く。どこか舌足らずな口調で、いいでしょ?と首を傾げてお願いされると、拒絶しようとする意志は跡形もなく消え去った。もちろん最初から拒絶するつもりなんかないのだけれど。

「どうぞ」

そう言って掛け布を持ち上げると、嬉しそうに頬を綻ばせ、走り寄ってきて隣に潜り込んだ。今日はどうしたんですか、と問いかければ、様々な理由を一生懸命に話す。

――王サマが怖い話をしたんです。あたらしい寝台は広くてさびしいんです。ひとりべやはうれしいけどあんまり広くってやだ。国に置いてきた子猫はどうしてるか考えていたらかなしくなってきて。

そんな取るに足りない、でも彼にとっては大切で、一大事な理由。時には、ジャーファルさんがさびしいんじゃないかって思って、とそんな生意気なことも言った。それから、何か良いことがあった日には、報告したくてたまらないといったうずうずした様子で、隣に潜り込むと同時に息継ぎの間なくしゃべり出すこともあった。

私は何も言わず、頷きながら紡がれる言葉を聞いた。一生懸命に話しているうちに、語尾がゆったりと消え入りそうになって、それでもまだ言葉を続けようとするから遮るように頭を撫でる。子供扱いだ、と不満そうに呟く声もちいさくて、いまにも途切れてしまいそう。おやすみなさい、と囁けば、頷きひとつ返して目蓋を下ろす。穏やかな寝息に安堵して、私も眠りについた。

そんな出来事もいまはただ懐かしいばかり。思春期を迎える頃には、大人ぶった態度ばかり取るようになって滅多に寝台に潜り込んでくることはなくなった。それでも、十八の頃まで時々寝ぼけて潜り込んでは、朝起きて「お願いしますっ!誰にも言わないで!」と泣きついて、私を失笑させた。

 

 

つまりシャルルカンの子供らしい子供時代はあっという間に過ぎ去って、あんなにも可愛らしかったのにねえ、と私にため息を吐き出させる。とはいえ、思い出すのは本当に時々で、一年に一度思い返して遠い目をする程度だ。いまだにシンは、私がシャルルカンを可愛い子供扱いであると思い込んでいるらしく、彼を利用して私のもっともな怒りを減らそうとするが、そんなことは今更あり得ない。だって可愛くないものは可愛くない。 人の寝台のど真ん中に陣取って、一緒に寝てくれたっていいでしょう!と頬を膨らませている二十一の男をどうやって可愛いと思えばいいんだ。ため息が零れる。

「……どうして一緒に寝なきゃいけないんですか」

「俺が一緒に寝たいからです!」

得意げに言い切るシャルルカンの姿に眉根が寄った。昔はあんなに心をくすぐる理由を一生懸命に考えて伝えていたというのに、いまのこの傲慢さときたら一体どうしたものだろう。

「私は嫌です」

「なんで。だって、俺、そんな寝相悪くないし、俺、あったかいし」

確かに寝相は悪くなかった。シャルルカンの他にも寝台に潜り込んでくる子供はいて、ピスティなんかは寝相が悪くて何度か夜中に蹴飛ばされたし、マスルールには体の一部に噛みつかれたことがある。シャルルカンはといえば、寝相は悪くなかったけれど、人の指を吸い続けていた。それだって十分に眠りを妨げたのだけれど黙っておく。寝相が悪いのも、人に噛みつくのも迷惑だけれど、こんなことありましたよねと他人に言える。だが、人の指を吸い続けていたという事実はさすがに恥ずかしすぎるだろうと判断しての、私なりの心遣いだ。シャルルカンは気づかないけれど。そもそも幼い頃に人の指をちゅうちゅうと吸いながら寝ていたことを、彼自身まだ知らない。いつか言う。その時の反応は、悪趣味と言われても仕方ないけれど、すごく楽しみだ。

「ねーねー、いいでしょ?」

いっそいま言ってやろうか、と考えながら口を開く。

「……自分の部屋に戻って寝なさい」

「やだ。ジャーファルさんと一緒に寝る。寝たい。じゃあ、聞くけど、なんで嫌なんですかっ!」

「可愛くないから」

言い切れば、眉を寄せて、まじまじと私の顔を見た。怪訝そうに口を開く。

「……ジャーファルさん」

「なんですか」

「ジャーファルさんって、年下の評価、可愛いと可愛くないだけなんですか」

「そんなことはないけど」

「マスルールは」

「可愛いです」

「ピスティは」

「可愛くない」

「ヤムライハ」

「可愛い」

「スパルトス」

「可愛い」

「じゃあ、俺!」

「すごく可愛くない」

「…………」

わざとらしく頬を膨らませるけれど、それもあまり心をくすぐらない。可愛くない。大体、私より体が大きい時点で可愛らしいという言葉は似合わなくなっている。鍛え上げられた褐色の体は立派なもので、剣を振るう姿はしなやかだ。可愛くはないけれど、それはそれで良いことだと思っている。一体何が不服なのだろう。そもそも大人扱いされたがっていたのは他ならぬシャルルカンで、可愛い可愛いと子供扱いされないのだから、望んだ通りではないのか。

「気が済んだら、自分の部屋に戻ってくれますか。私、もう寝たいので」

「……ジャーファルさんのケチ」

一緒に寝るぐらいいいじゃないですかァ……、とうなだれて呟く姿に困って、寝台に腰を下ろした。

「どうして一緒に寝たいんですか」

「そりゃ、下心がある以外に何があるっていうんです」

「…………よし、帰れ」

首根っこを掴んで、部屋の外へ放り出すと扉を閉める。鍵を掛けたことを何度も何度も確認してから、寝台に戻った。本当にろくでもない。

 

 

次の夜もシャルルカンは部屋に来た。宴会をしたらしく、酒の匂いがした。頬が赤らんでいる。扉を開けた途端、ぎゅうっと力任せに抱きしめられた。

「ちょっと、なんなんですか!」

「一緒に寝ようと思ってえー」

ご機嫌そのものの様子で言い、人の首に顔を埋めて匂いを嗅ぐ。ぜんぜん匂いしないっ、と何故か楽しそうに叫び、笑う。お酒が入るといつも以上に楽しそうになる。シャルルカンは楽しい時、本当に楽しそうに笑う。そういうところを好ましいと感じることもあるが、お酒が入った時は大概空気の読めなさに拍車がかかり、騒動ばかり引き起こすのだから困る。

「……お酒、控えなさい」

「そんなこと言うならー、ジャーファルさんが一緒にいて、見張っていればいいじゃないですかっ!」

そうだそうしましよう、今度一緒にお酒飲みましょー!と勝手なことを言い出して、やっぱりぎゅうぎゅうと抱きついてくる。

「俺ね、俺ねえ」

酔いのせいか、舌足らずになっている。

「俺のことぜーんぜん甘やかしてくれなくなったけど、ジャーファルさんのことだーいすきっ」

えへへー、と笑う顔がひどく子供っぽくて、呆れそうになる。ため息が零れた。あまりの幼さに恥ずかしくなって、頬が熱い。心臓の音が耳について、落ち着かなくなる。……シャルルカンはこういうところがすごくずるい。昔の、可愛かった頃の思い出を不意に引きずり出して、たまらない気持にさせる。あの、なんでもいうことをきいてあげたくなるような、愛らしさ。こんなのはずるい。いまのシャルルカンになんでもさせたってろくなことにならないのを、嫌というほど分かっているのに、どうしても抗えなくなる。私が、「……今晩だけだよ」と言うのはそう遅くはなかった。後悔は、もちろんした。

memo
2011.1224 / いっしょにねようよ(シャルルカン編)
シャル可愛い可愛い時期のシャルとジャーファルさんを考えると、ときめきすぎていけない。