「濃い草の、匂いが、するんです」
思い詰めた表情で言葉を落としたその人に、つい二ヶ月前までの笑顔はない。もっとも敬愛する王と国を支えるためだけに働いていた頃、この人の顔に重苦しい苦悩などなかった。ただただ傍にいて支えることが出来ればいいと過ごした日々はどれほど美しかったろう。それは王サマにとっても同じことで、王と国のことを思い、付き従うこの人にどれだけの癒しと喜びを感じていただろう。俺はそんなふたりが好きで、いまはまだそこにあるだけでよいと思い合っているふたりがいつか結ばれることを願っていた。だって、あの人があんなに王サマのことを好きで、王サマがどんなにかあの人を慈しんでいたのか知っていたから。時折、ふたりを噂する声はあったけれど、そのどれも正しくなかった。はやくそうなってしまえば、俺の中にある些細な取るに足りない想いも消えてしまうだろうけど、残念なことにふたりはただ一緒にいるだけだった。
「……しませんよ」
「嘘、だってこんなに強い匂いが」
額を押さえ、首を振るう。幾分か、頬の肉が落ちた。仕事中は気丈に振る舞っているけれど、取り繕う必要がない時はいつも眉間に皺が出来た。王サマや俺を怒る時に出来る眉間の皺とは違い、苦悩が刻まれ、見ているだけで胸が痛くなった。最近、俺はこの人の思い詰めた顔ばかり見る。それは俺だけが事情を知っているからであり、俺にだけは弱音を零せるからだ。笑顔なんてほとんど見ていない。王サマの前では笑っているだろうけれど、その笑顔が心からのものでないことは、王サマだって知っている。笑顔を奪った人物が誰なのか、俺は知らない。知れば八つ裂きにするだけでは足りない。
「どれだけ体を清めても、官服を洗っても、匂いが、纏わりついて離れない」
震える声で、どうしよう、と繰り返す。どうしよう気付かれてしまったら、呟き、肩が震える。震える肩を支える腕を俺は持っていない。触れれば、撥ね除けられるだろう。触れられるのが怖いのだという。きみがあんなひどいことをするなんて思ってはいないけれどどうしても怖い、と告げられた時の衝撃を俺はまだ引きずっていたし、お互いのためにもある一定の距離は大切だった。それでも触れられない距離がもどかしかった。どうして俺はこの人を、こんなにもつらい気持でいるこの人を支えられないのだろう。
「大丈夫、大丈夫です。匂いなんてしません」
「……うそ、うそ、だっていまだって匂いが」
「しません。気のせいです。するのは、風に乗った潮の匂いだけです」
「潮、の匂い」
そこでようやく顔を上げたジャーファルさんは、ゆっくりと窓の外を見た。星が瞬く美しい夜空は目に映っただろうか。蝋燭の灯りが風でゆらゆらと揺れる。やわらかさを失った頬を照らす。ぱちりぱちりと瞬きを繰り返した後、不思議そうに俺を見つめ返した。
「……ねえ、私にはわからないよ」
俺は言葉を失い、目を伏せることしか出来なかった。

:シャルル→ジャーファルおねえさん要素もいいな、と思いまして