「いい加減にしてください!」
シンドリア国王が最も信頼していると称されている臣下の部屋に響くのは、怒りとそれから呆れの含まれた怒声だった。王宮に出入りする者が聞き慣れたといえば聞き慣れた声だ。
「あんたね、どんだけ人の邪魔すれば気が済むんですか」
ああ今日はいつもより怒っているなぁ、と分かる程度には繰り返されている日常でもある。
「……ただちょっと耳朶を噛んだぐらいでそんな怒ることはなかろう」
どこか拗ねた響きを持った声で返すのはまごうことなくシンドリア国王であった。本日は執務中の部下の耳朶を噛まれたようである。
「ただ、ちょっと、じゃありません。人がどれだけ驚いたか!」
「甘噛みだ」
「……痛い痛くないの問題ではなく、驚いたと言ってるんです」
「何をいまさら。耳朶など可愛いものだろう。なんだ、もっと別なところを噛んで欲しかったのか」
「黙れ」
ぴしゃり、と国王に対して言うには乱暴な言葉を投げつけ、眉を吊りあげる。
「大体ね、あなたと私が、そういう関係だとしても、仕事中に何を考えているんですか」
馬鹿ですかあんた、と余程腹に据えかねたのか刺々しい言葉が続く。
「…………ジャーファルが冷たい」
すん、とわざとらしく鼻を鳴らし、そっぽを向く王に溜息をひとつ吐き出して肩を落とす。
「そうやって拗ねたら、許すなんて思わないでください」
怒っているんですからと腕を組み、睨みつければ、何故だか頬を緩めて笑った。怒られているというのに笑顔を浮かべる王に眉を顰めると、いやな、と口を開いた。
「お前の怒っている顔はなんともいえず愛らしい」
「は……?」
「眉間のしわと、責めるような上目遣いと、への字に曲がった唇の形と、普段とは違う声音が愛らしくてたまらない」
嘘偽りなくそう思っているのだ、と破顔する王にぽかんと口が開く。次に、私は確かに怒っていた筈なのに、と痛む頭を押さえ、息を吐き出した。そんなことを毎回思っているならば、なるほど、いくら怒っても反省などする訳がない。以前からその節は感じられたが、今回のことで確信を持った。この人は怒られるために私の邪魔をするのだ、と。
「わかりました」
「なにがわかったんだ」
「もう怒りません」
「それは困る」
「困りなさい」
「ジャーファル」
「知りません」
背を向けて、仕事に戻る。実のところ本日の仕事はほとんど終わっていて、明日のための準備をしているところだった。それも終わりに近かった。だからといって仕事中であることに変わりはない。こういうことはきっちりしておかないといけない。少しぐらい構わないか、と甘やかせば最後、いつのまにか人を膝の上に乗せて机仕事をしようなどと言い出すに違いない。それは困る。だが、一番の問題はそこではなかった。そう例えば、疲れたから休憩の間だけでも膝枕をしてくれだとか、頭を撫でてくれだとか、他愛のない願いならば受け入れてしまう自分が容易に想像出来るからだ。執務室の人の出入りはそれなりに多い。そんなところを見られたりしたらみっともないにもほどがある。だから、仕事中は厳しく心を保たねばならない。……甘やかすのは後でだって出来るのだし、と王に気付かれぬように苦笑を零した。
:なんだかんだで王様に甘い。