※温い&短いですが性描写を含みます。苦手な方は御注意ください。
断続的に粘度を含んだ水音が鼓膜を叩く。音が聞こえぬように塞ぐための両手は背中で縛られ、拘束されたままだった。抵抗する気力などもうないというのに、ぼんやりとそんなことを考える。せめてもの抵抗として、腰を掴み揺さぶっている男に倒れ掛からないように堪えてはいるが、それももう難しいことだった。ふらふらと頭が揺らぐ。紐の喰い込む手首が痛い。その痛みに集中していれば余計なことを考えずに済んだ。それでも時折、王の顔が浮かび、言いようのない悲しみが溢れ、涙となり零れる。何故、こんなことになったのだろう。何が悪かったのだろう。考えてみようとはするが、突き上げられる度に思考が途切れ、ろくに考えることも出来なかった。男の指が腹を撫でる。日に当たらぬ腹は白く、魚の腹を思い出させた。
「……あと何回犯せば、孕むと思いますか」
一瞬、理解が出来ず、男の目を見つめる。暗い情熱が灯った目が見つめ返す。指は何度も腹を撫でていた。言葉の意味を、理解したくなかった。制止か、罵倒か、懇願か、唇はかすかに開いただけで何も訴えない。何を言っても無意味だということはもう分かっていた。それでも、身を捩り、逃げようとする。愉悦に満ちた笑い声が絶望を煽り立てる。ああやっぱり嫌なんだ、声が追いかけてくる。繋がったまま引き倒され、声にならぬ叫びが咽をついた。かわいそうに、喜色を含んだ声が囁く。可哀想ですあなたが可哀想でたまらない、哀れむような声で何度も何度も囁く。中に収まっていた肉が膨張してくるのが分かる。悔しくて涙が零れた。悔しい、好きにされることが、踏みにじられたことが、そしてこのことを知れば王は深く傷付く。おおらかで優しい人。救い上げてくれた人。あのあたたかい手を思い出す。いつの頃からだったろう。あの手にふれられたいと願うようになったのは。そして、あの人もそう思ってくれているのではないかと思うようになったのは。
唇を噛み締め、声を殺す。解放されぬのならば早く終わればいいと願う。体を清め、体液で汚れた服を処分し、後はもう何もなかった、何も起こらなかったことにしよう。そうすれば、きっと何事もなかったように振る舞える。
「お、っと」
かしゃん、と真珠のついた装飾具が落ちた。手から滑り落ちたそれを拾い上げ、頭を掻く。店の主人にすまないと謝り、財布を取り出した。布と色鮮やかな紐に縛られたちいさな包みを手にどうしようか悩んでいると、後ろから「王サマ!」と声が掛けられる。
「どうした、シャルルカン」
「どうしたって急にいなくなるものだから、すごく焦ったんですけど」
「そうか。それはすまなかった」
「お土産ですか?」
「ああ。だが、どうしようか迷っているところだ」
事の次第を説明して、
「こういう物は必要ない、と言われるのではないかと」
ちいさく肩を落とせば、ああですねぇ、とシャルルカンも頷いた。
「じゃあ、それ、俺にください。で、改めて考えるっていうのはどうですか。俺も手伝いますし!」
随分とちゃっかりしていると苦笑が零れるが了承し、手の中にあった包みを渡す。女性にでも贈るのだろう。真珠のついた装飾具が耳で揺れる様子を思い浮かべる。脳裡に浮かぶのは銀色の髪をした部下で、似合うだろうにと思いながらも、やはりいらないと言われるだろうと苦笑を零した。
「ジャーファルさんってどういうのが好きなんですか」
「装飾品などはいらんという。花の類いは国に帰るまで保たないだろうし、そうだな、羽根ペンは喜んだ」
書き心地もよくて手に馴染み仕事が捗る、とわざわざ伝えにきた時のことを思い出す。
「らしいですけど、王サマだってもっと華やかな物とか贈りたいんじゃないですか」
「否定はしないが、仕方ないだろう」
それにどんな贈り物をしても、一番最初に出迎えるあの笑顔を見ることは叶わないだろう。どんな物より帰ってくる王が愛おしいか、自惚れではないことが嬉しく頬が緩む。それが恋愛感情かどうかと問われると自信はないが。
「…………はやく帰りたいデスヨネ」
「……俺は、そんなに気持悪い顔をしてたか」
「それなりに。あ、服なんかはどうですか」
一軒の店を指差す。
「いや、ただの部下にそれは」
「……ただの、部下」
「いまはただの部下だ」
「いまは」
「……お前、楽しんでいるだろう」
まあ、と否定せずに笑い、
「ここはひとつただの部下じゃないぞってことを示すために、どうですか。ついでに脱がせたいって意味も込めて」
「怒られるのは俺だぞ」
「怒られるの嫌じゃないんですからいいじゃないですか」
あっさりと言われ、返す言葉がない。結局、押し込められるように入った店で一着だけ服を買った。それは普段着ている私服よりは体のラインに沿ったデザインをしていて、ふわりと裾が広がっていた。服など買うつもりはなかったのだが、心地良い手触りとなによりやわらかな白さの生地が気に入った。喜ぶ顔というより、着たところを見たかった。白い肌に映えるだろう。そして、やはり怒られるのだろうな、と頬を掻く。
「ジャーファルさんて、いままでに付き合った人とかいるんですか」
唐突な質問に目を見開き、なんだ、と問い返すと、気になってたんで、とへらりと笑う。
「俺が知る限りでは、いない」
「じゃあ、いないんじゃないですか」
「そうか?俺が知らないだけかもしれん」
自分で言っておいて、胸に嫌な気持が広がる。
「王サマが知らないなら、絶対いませんって」
シャルルカンはどこか呆れたように笑って言う。
「知ってますか。ジャーファルさんのこと好きな奴、結構いますよ」
「そうなのか」
「はい。優しくて、可愛いから、あの人」
「……優しくないし、可愛くもないが」
「いや、俺に言っても」
肩を震わせて笑い、王サマも可愛いとこあるんですね、と呟く。続けて、はやく自分のモノにしちゃえばいいのに、と唆す。眉を寄せ、抱えた包みに視線を落とした。やはり買うべきではなかったか、と迷い、しかし引き返すことはない。いずれ渡す機会もあろう。いつになるのかは分からない。
もし、あの目に浮かぶものが恋愛感情ではなく、敬意であったならば、そういう対象として見ていないとしたら。軽蔑、とまではならないだろうが、信頼というものをわずかでも失ってしまうのではないか。あのひたむきに注がれる感情を欠片たりとも逃したくない。その気持がいつも怖じ気づかせる。随分と情けないことだ、と溜息を吐き出した。
:知らん間に寝取られていて帰ってきたら様子が違う、というのが好きです。