月に照らされた横顔を見つめ、気付かれぬよう静かに息を吐き出す。小動物を彷彿とさせる目は何度かぱちりぱちりと瞬きをして、露台から一望出来る街を見ていた。白銀色の髪が月の光に照らされ、やわらかく輝いている。絹を思い出させる髪に触れたいと望むも、実行する勇気はなかった。七海の覇者と呼ばれていても情けない部分は確かにあり、ただ見つめることしか出来ない。それに、口元に微笑みを浮かべ、飽くことなく街を見つめ続けるその姿を少しでも留めておきたい。だが、願いは虚しく次の瞬間にはこちらを振り向き、ちいさな唇を開いた。
「……そのうち穴が開きそうです」
あなたの視線は強いから、と微笑みはそのままで隣に腰を降ろした。
「もういいのか」
「ええ。そういえば、さきほど街の酒場にシャルルカンが入っていくのが見えましたよ。マスルールの姿も見えましたから他にも何人か連れていったのでしょう」
明日の朝、寝過ごさなければいいけれど、とくすくす笑う。
「まったく、こちらは酒を禁じられているというのに」
「彼にも禁酒を言い渡したのですけれどね」
「ならば、いますぐ止めに行け。俺が許す」
「あなたほど酒癖が悪い訳でもありませんし、それに置いていかれたら寂しいでしょう?」
「そんなことはない」
「本当に?」
首を傾げれば、さらさらと白銀色の髪が流れて、頬に掛かるのが見えた。頬はやわらかそうな曲線を描いている。手を伸ばし、触れることは許されるだろう。けれど、手を伸ばすことはない。
「ああ本当だ。寂しいというのなら、お前の方だろう」
「それは、ええ、否定しませんけど」
あっさりと頷いてみせるジャーファルに苦笑が零れる。人の気も知らずに惑わす。それはこちらも同じ話なのかもしれないが。駆け引きというにはあまり拙いやり取りを交わしては、ちいさく笑い合う。たったそれだけで心が満たされる。
不意に、ほっそりした手が白い蛇のように動き、手の甲へ重ねられた。月夜に白い腕は発光しているようにも見える。
「……シン」
俯くジャーファルの睫毛を見つめながら、なんだ、と答える。
「来年も、再来年も、その次も、数年後も、数十年後も、私はこの景色をあなたの隣で見たい」
祈りのように告げられた言葉は自分自身の祈りでもあったかもしれない。深く息を吸い込み顔を上げたジャーファルは真っすぐな目をして、じっと見つめ返してくる。次は何を言うだろう。
「私を捨てるなら、いまのうちですからね」
微笑みながら言うものだから、無性に愛おしく切ない。捨てるというがお前は俺のものではないだろう、そう答えてやると、そう思っているのはあなただけですよ、と言い返された。ならば俺もお前のものであるのだろう、と思い、けれど言葉にはしなかった。言葉にするにはあまりに残酷であると思えた。
:妻を娶るつもりのないシン様と、それでもかまわないジャーファルおねえさん。